あらためて自覚する日本人の特質ー世界の驚いた震災時の日本人ー

今回の東日本大震災 に関する海外の報道で耳目を引いたこと、それは我々には当たり前の行動に、多くの海外の人々が驚いてたことです(これは戦国時代に来日し驚きの手紙を本国に送った宣教師フロイスを思い出させます)
確かに、ニューオリンズのハリケーン・カトリーナのさいに起きた略奪と便乗値上げ、四川大地震のおりの暴動と混乱のようなキャタストロフは起きませんでした。

大災害時の中でも、秩序正しく整然と行動する人々の民度の高さに海外の人々は注目しました。

こうした機会に、日本人とは?と改めて自らをふりかえります。ユーラシア大陸の東端の土地はあらゆる民族が集る、まさにMelting Pot of Racesの大地です。(米国をこう表現した作家がいましたが、米国はMosaic Pttern of Races です)ですから、単一の民族でないはづです。

では、日本人?なんなのだろう。小生もこれまで、何度となく考えてきました。
折に触れで逢う情報から自分なりの答えを見つけました。

日本人初の宇宙飛行士、毛利さんはある新聞で「自分は宇宙に出て、日本人の世界で与えられている役割を実感した」と語ってました。

スペースシャトルの狭い空間に多種多様な民族と国籍の人々が生活すると、それぞれの何気ない生活習慣が危機的な場面をもたらすそうです。
これは、この特殊な空間と状況では大問題です。ところが不思議な事に、このような場面で毛利さんはいつもの自分のままに振舞っているだけなのにこの一触即発の事態が丸く収まるというのです。

同じテーマで事例は変わります。
たしか、PsychologicalTodayという雑誌に日本ミツバチの行動の特異さ関する報告がありました。米国ではミツバチが別のミツバチの巣に間違えてはいると殺されてしまうそうです。
ところが、日本では仲間として迎えられるそうです。米国ミツバチの巣を日本に運ぶと1年後に日本のミツバチと同じ行動をとるそうです。

つぎは、植物の例です。京都で森林の学会が開かれた折、スゥエーデンからの著名な生態学
研究者のコメントが新聞にのってました。「日本の山野の緑の多種多様さに驚きました。このような場所は珍しい。自分の国の木々の緑はモノトーンです」と。
この理由を自分なりに調べますと、東北の一部より以南は氷河に覆われていなっかた事が原因のようです。ありとあらゆるSeeds がそのままに生き続けていた。

米国からやってきたミツバチは、この日本に特有の植物のライフスタイルの影響を受けているに違いないと気づきました。
人間も大地とそこで生きるあらゆる生命体から情報を受けその影響のもとで生活します。
音、色彩、電磁波、五感の範囲からそれを超えている情報の総てにさらされ、生きています。
日本人の受け入れやすい「共存共栄」というコンセプト。
この底には、この国土の持つ風土のバイブレーションが沈着している無意識的価値観があるとおもいます。そして、このパラダイムをライフスタイルとしている人を日本人というのだと思います。

日本の国技のチャンピオンシップはここ何年かは外国人がもってます。それを、当り前のように我々は受け入れます。一方、CBSソニーがハリウッドを、そして三菱地所がロックフェラーセンタービルを買った時の米国内の反応を見れば、大きな違いです。

日本人は島国根性どころでない柔構造の深く広い器のように感じます。宇宙飛行士の毛利さんは前述の体験をして「今後の世界の将来に日本人が果たすべき役割を漠と感じた」と述べられていました。

今回の東日本大震災をとうして見え自覚できた日本人の特質を考えると毛利さんの発言がより深く理解できました。

箱根スカイラインにあります